極限限界ブルガリア


ここはどこ、私は誰、何をしに…?

私が記憶障害になったわけではありません。人は追い込まれるとこうなってしまうということです。では何があったのか

今まで様々な国を旅してきましたがここまで私を追い込んだ国はブルガリアが初めてでした。みんなブルガリアと聞くと、まずヨーグルト。そして自然豊かでみんなにこやかで…なんて想像されるんじゃないでしょうか

今回旅した感想としては観光地はあんまねぇ、人はくっそ無愛想、飯もそんなうまくねぇと三拍子揃いました。とはいえちゃんと親切な人もいたのでそんな悪口は言いたくないのですが別の状況から追い込まれたので順にお話していきましょう

始まりは首都ソフィア。あまり見るところがないと言われている街ですが写真撮り的にはそう悪くはない街です

特に教会なんかはロシア正教とギリシャの東方教会を混ぜたような面白い見た目をしていて好みでしたし歩いていて結構楽しい街でした。巷で言われている半日で観光が終わるという意見は確かにその通り。写真を撮るということに重きを置かない人はさぞや退屈なことでしょう

ここでブルガリアの悪夢、ひとつ目。スマホが完全にぶっ壊れた。以前から調子が悪くてバッテリーの減りも早いな~とは思っていましたがまさか完全に電源も入らなくなるとは予想外でした。このタイミングで壊れるのは本当に勘弁してほしかった

まずここでGoogle mapが見られなくなり、ここはどこ?今何時?どうすりゃいいの?状態になるのですが問題はこの先

プロブディフという街に何とか移動して計画地の記憶を頼りに観光していたのですが韓国料理を食べた際に食中毒を発症

キムバップとかいう似非糞寿司みたいなのがおそらく駄目だったのでしょう。全然美味しくなかったのに反比例して食中毒の効果は絶大。夜にはマーライオンのようになり私の臓物は破壊され上も下もKO。小学生の時以来の嘔吐になんか新鮮な気持ちでした

プロブディフの街はソフィアよりも面白いと言われていたが正直そんなに面白くないしスマホもぶっ壊れていて体調もぶっ壊れて自分はどこにいて何をしているのか本気でわからなるという素晴らしい一日でした。辛い時があるから日々のありがたみがあるんだよね

とはいえ何とか持ち直して体調は悪かったものの何とか身体を引きずってずっと興味があったデヴェタシュカ洞窟にやってきました

ここは本当に壮大で素晴らしく、他のブルガリアの観光地行くぐらいならここに来たほうがいいレベルの自然でした。コウモリの問題とかあって探索できる範囲はわずかしかないのですがそれでもおすすめ

というわけでさぁ次の街へという感じだったのですがここで更にネットの情報に騙されます

ソフィアから1030のバスでロヴェチという洞窟の最寄り街に来たものの1455のバスでヴェリコタルノヴォへ行けるとネットには記載があったしブルガリアのバス会社の時刻表をネットで確認していたにも関わらず現地の窓口に行ってみると朝8時のバスしかなく明日の便しかないと言われ、今日移動するにはよくわからん駅で色々乗り継いで行くしかないということを英語が全く話せない窓口のおじちゃんと魂のボディランゲージを10分近くして得た情報でした

もう埒が明かないので洞窟に連れて行ってくれたこちらも英語が話せないタクシーの運ちゃんに少し高いお金を払ってヴェリコタルノヴォへ連れて行ってもらうことに。確か100レフくらいしたけどこの運ちゃんめっちゃ優しい人であまりの私のお金のなさを哀れんだのかガソスタでペプシとチョコレート奢ってくれました。ありがとう運ちゃん…

そして着いたのは琴欧洲の故郷、ヴェリコタルノヴォ。元々タルノヴォという街だったらしいけど第二次ブルガリア帝国の首都になるにあたり「大」を意味するヴェリコがついた感じらしい。大日本帝国みたいだね

大がついた街だけども規模感としてはコンパクトで半日もあれば全然回れる。てか半日すらもいらないレベルかもしれない。城跡を中心に高低差のある魅力的な街を見ることができる高台がいくつかあるのでそういった場所を巡るのも良いかも

そして私はここで流石に何かスマホを買わなくてはと地元のショップへ。Pixelという天下のGoogleがどこにも存在していなかったので修理は不可能だったがスマホを入手することはできました…がこのスマホがやばい。1万円くらいするくせにとてつもないゴミだった。何をするにもとてつもない反応の時差があり、アインシュタインも相対性理論の正しさを再確認するレベルのゴミだった

それでも通信はできなくともGPSは使えるので今自分がどこにいるかぐらいは何となくわかるようにはなったし時間もわかるようにはなったけどこれも反応が遅すぎて結局勘で街を歩いていたので必要はなかったかもしれない。日本って恵まれた国なんだなと死ぬほど実感したこのブルガリアの国

悪いことは連鎖するかのようにGFXのスロット1だけ壊れ、スマホも壊れ、食中毒で体調もぶっ壊れた。でも観光地はあんまり記憶に残らなかったしこういった形で記憶に残るならまぁありか…いや全然ありではない

どの国へ行っても総合で考えると悪いという国はなかった。唯一モロッコという国は低品質な国民が多かったため嫌な記憶はあるものの極一部の親切な人、そして他では見られない景色の数々に嫌いにはどうしてもなれない国ではあったがここブルガリアは…いやこれ以上は言わないでおこう。こういう形もある、それが知れたのが大きい

極限限界ブルガリア、もう二度はないかもしれない

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